Tシャツとサンダルの候

何事にも縛られず、自由気ままにリタイヤ生活を楽しむオヤジの日々

古代の山城、基肄城に登る

基山に登るのは何時以来であろうか。

随分と久しぶりである。

古代の水門遺構。

基山は山全体が、白村江の敗戦の後、唐軍の侵攻に備えた、古代の朝鮮式山城とされる。

この水門も、亡命百済人によって作られている。

水門遺構のすぐそばに、登山口がある。

いきなりの急坂が続く。

米倉礎石群。

山の中程に米倉跡がある。

過去の投稿でも、同じような画像とコメントを掲載した筈だが、重複を恐れず、今回も同じ画像とコメントを掲載する。

基山はどうしても、これらの史跡の事が主題にならざるを得ないからだ。

土塁跡。

博多湾に上陸した唐軍が、斉明天皇が居する朝倉宮へ攻め込む場合、この基肄城と同じ目的で造られた大野城との間の、細い平野部を通らねばならない。

この土塁は、まさにその平野部方向を向いている。

左に行くと、いつもの史跡巡りコースだが、今回は右へ行った。

遠回りコースとある。

だからか、人がほとんど通る事は無いのだろう。

結構荒れていた。

このところの寒波で、さすがに基山と言えど寒い。

霜柱があちこちに。

山頂到着

基山山頂は木が全くない。

なので風が強い!!

寒いのなんのって。

でこぼこした台地は『いものがんぎ』と呼ばれる、土塁跡である。

山頂に立つと、北は博多湾から、

南は有明海が一望できる。

要するに、南北二つの海からの敵軍の侵攻を、ここでいち早く把握できるのだ。

勿論、朝倉宮の様子は、ここから確認できる。

という事は、朝倉宮からも、瞬時に伝達の狼煙が確認できるという事だ。

さらに本来の、大野城と共に、朝倉宮の喉元の守備という目的もある。

ここに山城を作るのは、必須であった事がよく解る。

雪に覆われる背振山系。

山を下りると、何時も立ち寄る所がある。

麓にあるハム工房だ。

結構、美味しんだよね、ここの自家製のハムやソーセージ。

と言っても商品棚には、これしかない。

これでも今日は、多い方だ。

お、豚足っちゃ珍しかやん。

えーと、そんじゃね、豚足とボンレスハムとチャーシューと・・・

今日の晩酌は、豚足をオーブンでちょいと焼いて、ポン酢にくぐらせ、

そんでもって、焼酎をキューっと♬